古い駅スタンプ 関ヶ原駅 戦前
今回はまるで消印のようにはがきに押されていますが
消印ではなくてスタンプです。
風景印よりもかなり大きなサイズです。
風景印ファイルの中に一緒にファイリングされていました。
このスタンプの図案は東首塚の首級墳碑。
徳川家康は最後の陣営地にある床几場(床几=折り畳み式の簡易腰掛)で武将の持ってきた敵将の首級を確かめた首実検を行い、
その後、首級や遺骨などを領主の竹中重門に築かせた東西2つの首塚に葬りました。
首級墳碑は東首塚にありますが、
関ヶ原宿年寄古山兵四郎が首塚へ思いを込めて建てたものだそうです。
説明看板にその思いの要旨が書かれていますが、最後に
「将来この首塚が、丘や谷に変わり果てることのないよう乞い願うものである。」
とあります。
東西15万の兵が戦ったと言われる合戦、葬られた兵の数もとても多いですよね。
その人々を思う気持ちも強く感じられます。
駅スタンプがこの図案になったのもその気持ちも受け継いでいたのでしょうか。
ちなみに、
もう今は関ヶ原駅に駅スタンプは無いようです。
駅スタンプやその他スタンプもコレクションされている方がいらっしゃいますよね。
他にもまたスタンプが出てくることもあるかもしれませんね。
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