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レトロなきろく

R88 - 古いものいろいろ 『古道具 古家具 昭和レトロのお店』のブログの別館です

鹿児島県 種子島郵便局 古い風景印

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昭和40年(1965年)7月5日押印(使用開始日) 『種子島

 

鹿児島の種子島、また遠いです。

またもやこの風景印の使用開始日の押印。

現在も同じ風景印ですね。

図案は馬毛島のソテツ、種子島銃、忠孝碑だそう。

馬毛島種子島の西之表からすぐ近くの小さな島です。

馬毛島にはソテツが自生しているそうで、

今もソテツ自生地は観光スポットになっているようですね。

ソテツ自生群落が市指定文化財にもなっています(天然記念物)。

 

種子島銃、火縄銃ですが

日本には1543年(天文12年)に種子島に初めて伝来したことから

種子島銃とも呼ばれます。

歴史の授業に出てきた感じですね。

 

忠孝碑、私はよく知りませんでした。

まず、忠孝は君主に対する忠義と親に対する孝行を結合して説かれた道徳思想。

中国の儒教思想を源流に持つもので、日本では古くから大切にされました。

忠孝碑自体は他の地にもあるのですが

種子島の忠孝碑は若狭忠孝碑だそうです。

若狭という種子島の刀鍛冶の八板金兵衛清定の娘さんのお墓と共にある石碑。

 

八板金兵衛清定は火縄銃の伝来時に当時の種子島14代島主時尭に製作を命じられました。

当時の日本にはねじの概念が無かったため、ねじの技術が最大の難関だったそう。

失敗続きで困っていた父を見て娘の若狭がポルトガル人に嫁いだそうです。

これによりねじの技術を教えてもらい銃の国産化に成功したそう。

八板家の家系図に、

火縄銃が伝来した1543年(天文12年)にポルトガル人に嫁いで

翌年、ポルトガルからまた種子島に来て親子の再会をしたときに

急病、大病を患って亡くなったことにして、棺に入れて葬儀をした。

その時にポルトガル人は涙も流さなかった。

という記載があるらしいです。

これが史実なら国際結婚も初だそうで、色々すごい娘さんです。

 

西之表市天神雲之城墓地のソテツの元に若狭のお墓とされる石があり、

その横に忠孝碑があります。

近くには小説家の海音寺潮五郎が訪れた時に詠んだ歌碑もあるそうです。

 

 

ちなみに、

種子島開発総合センター鉄砲館にはこの八板金兵衛作と伝えられている

火縄銃、国産第1号が工芸品(有形文化財)として保管されているそうです。

常設展示のようなので、種子島に行ったらぜひ立ち寄ってみたいですね。

 

 

 

種子島郵便局

〒891-3199

鹿児島県西之表市西町61-1

 

 

 

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